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鳥取地方裁判所 昭和45年(ワ)151号 判決

原告

山口千代子

ほか一名

被告

鳥取小野田レミコン株式会社

ほか一名

主文

被告らは各自原告山口栄子に対し金四七万二九一四円およびこれに対する昭和四五年七月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告山口千代子の請求および原告山口栄子のその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用中、原告山口千代子と被告らとの間に生じた部分はその全部を同原告の負担とし、原告山口栄子と被告らとの間に生じた部分はこれを五分してその一を被告らの、その余を同原告の各負担とする。

この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

被告らは連帯して原告山口千代子に対し金五四一万三六六八円、原告山口栄子に対し金二七〇万六八三四円ならびに右各金員に対する昭和四五年七月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決ならびに第一項につき仮執行の宣言。

二  被告ら

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

第二原告らの主張

一  請求の原因

(一)  訴外山口春道は、被告鳥取小野田レミコン株式会社(以下、被告会社という)の作業員であつたが、昭和四五年三月一三日午後一時五分ころ、鳥取市東品治町鳥取駅構内引込一五番線付近道路において、被告会社の被用者被告澤真一郎の運転する被告会社保有の大型貨物自動車の荷台で作業中、右自動車から転落して脳挫傷、硬膜下および脳内血腫等の傷害を受け、そのため同月一八日死亡した。

(二)  右事故は被告澤の過失に基づくものである。すなわち、同被告は、停車していた右自動車を移動させるべく東方へ向け発進しようとしたが、同所の路面は敷石のため凸凹があるうえ、当時亡春道が自動車に乗つて不安定な姿勢で作業しているのを目撃していたのであるから、このような場合、同被告としては、亡春道を自動車から降ろすかまたは発進の旨の合図をして転落を防止すべき注意義務があるのにかかわらず、これを怠り、漫然右自動車を発進させたため、その衝撃により同人を路上に転落させ、死亡に至らせたのである。

(三)  亡春道の相続人は妻の原告千代子、子の同栄子および亡山口正博であるところ、正博は昭和四五年九月二六日死亡し、原告千代子がさらにこれを相続したので、相続分は同原告が三分の二、原告栄子が三分の一となつた。

(四)  本件事故によつて生じた損害は次のとおりである。

(1) 逸失利益 八七二万三七二一円

亡春道は、死亡当時四八歳で、被告会社から年額九一万四四三八円の収入を得ていたので、年間生活費一二万円を控除した残額につき、残余の労働可能年数一五年(六三歳まで)のホフマン係数一〇・九八一を乗ずる。

(2) 亡春道の傷害についての慰藉料 六〇万円

(3) 原告らの慰藉料

(イ) 原告千代子 二五〇万円

(ロ) 原告栄子 一二〇万円

(4) 治療費、入院費 二三万九六二八円

(5) 入院雑費 六万二〇〇〇円

(6) 葬儀費 二五万円

右(4)ないし(6)は原告千代子が支出した。

したがつて、損害額は、原告千代子については、右(1)および(2)の各三分の二の金額と(3)(イ)および(4)ないし(6)の各金額との合計九二六万七四四二円、原告栄子については、右(1)および(2)の各三分の一の金額と(3)(ロ)の金額との合計四三〇万七九〇七円である。

(五)  原告らは、自賠責保険に基づき五二五万四八二八円の給付を受け、これを相続分に従い右損害額の一部に充当した。

(六)  よつて、被告会社に対しては運行供用者責任により、被告澤に対しては不法行為責任により、原告千代子は損害残額の内金五四一万三六六八円、原告栄子は二七〇万六八三四円ならびに右各金員に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四五年七月二八日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  抗弁に対する認否

(一)  抗弁(一)および(二)は否認する。

(二)  同(三)主張の各金員の支給および支給見込の事実は認める。しかし、労働基準法、労働者災害補償保険法等により被告らが責を免れるのは、すでに右法律により補償を行なつた場合のみであつて、将来支給される単なる見込額により免責されることはない。したがつて、すでに原告らが受領した金額のみを本訴請求額から控除すべきであつて、単なる見込額は何ら影響を及ぼさない。

第三被告らの主張

一  答弁

(一)  請求原因(一)のうち、傷害の部位程度は不知、その余の事実は認める。

(二)  同(二)のうち、被告澤が自動車を発進させたことは認めるが、その他の事実は否認する。亡春道は車上で作業中自らの過失によつて転落したものである。

(三)  同(三)は認める。

(四)  同(四)(1)のうち、亡春道が被告会社から昭和四四年分の給与等の所得九一万四四三八円を受けたことは認めるが、その余は争う。被告会社における停年は満五五年であるから、右収入をもつて停年退職後の所得を算定すべきではない。同(2)、(3)は争う。(4)ないし(6)は不知。

(五)  同(五)の給付がなされたことは認める。

二  抗弁

(一)  本件事故はもつぱら亡春道の過失によるもので、被告澤には過失はなく、被告会社としても本件自動車の運行に関し注意を怠らず、かつ、本件自動車に構造上の欠陥または機能上の障害がなかつたことは明白であるから、被告らに損害賠償責任はない。

(二)  仮に被告らに多少の責任があるとしても、亡春道の過失がより重大である。

(三)  原告らに対しては、前記自賠責保険に基づく給付のほか、次の各給付がすでになされまたはなされることに確定しているから、これを本件損害賠償額から控除すべきである。

(1) 遺族補償年金(労災) 一〇二万一四七六円

(イ) すでに受給ずみのもの、昭和五〇年七月分まで合計八三万五一五五円。

(ロ) 同年一一月現在で支給見込のもの、同年八ないし一〇月分一三万九七四一円、同年一一月分四万六五八〇円、合計一八万六三二一円。

未支給金額も、今後失権事由の発生しないかぎり継続して支給されることは、確定的である。

(2) 厚生年金(遺族年金) 一〇〇万〇三八六円

(イ) すでに受給ずみのもの、昭和五〇年七月分まで合計九一万〇六八六円。

(ロ) 同年一一月現在で支給見込のもの、同年八ないし一〇月分八万九七〇〇円。

(3) 原告栄子に対する就学援護費 三万二〇〇〇円

(イ) すでに受給ずみのもの、昭和五〇年七月分まで合計二万四〇〇〇円。

(ロ) 同年一一月現在で支給見込のもの、同年八ないし一一月分合計八〇〇〇円。

なお、同原告は、中学卒業までは毎月二〇〇〇円、高校進学後は毎月四〇〇〇円、大学に進学したときは毎月八五〇〇円ずつの援護費の支給を受けることになる。

第四証拠関係〔略〕

理由

一  請求原因(一)の事実は、傷害の部位程度を除いて、当事者間に争いがなく、右傷害が原告ら主張のとおりであることは、成立に争いのない甲第七号証によつてこれを認めることができる。

二(一)  成立に争いのない甲第六号証の一ないし九、第九号証の二、三、乙第一号証および第四号証の各一、二によれば、本件事故当日、亡春道と被告澤とは、各自が被告会社所有の大型貨物自動車(スクリユー式パラセメント車)を運転し、鳥取駅構内引込一五番線上の貨車から右各自動車にセメントを積み替えて他へ運送する作業に従事していたこと、右積込みの方法は、自動車の後部車体上面にあるセメント投入口の蓋を開けたうえ、右投入口を貨車の排出筒に接着させて吸引するものであり、二名の作業員が同一自動車に乗務している場合には、その一方が運転しつつ、他方が後部車体に乗つて右作業を行なうのであるが、本件のように乗務者が一両につき一名の場合には、貨車から少し離れた所でいつたん自動車を止め、後部車体に上がりセメント投入口の蓋を開けたうえ、運転台に戻つて自動車を動かし貨車に接近させ、積込み可能な位置に停車させて、積込みを始めるのであつて、亡春道および被告澤はともにこのような作業に馴れていたこと、本件事故直前、被告澤は、自車にセメントを積み終えてこれを貨車から少し離れた所へ移動させた後、亡春道が右と同じ貨車から積込みをすべく、その手前に同人の自動車(本件事故車)を止めて、その車体上でセメント投入口の蓋を開けようとしているのを目撃し、同人を手伝うため本件事故車を動かして右貨車に接着させてやろうと考え、本件事故車の運転台に乗り移つたこと、その際、被告澤は、亡春道に対し声をかけたり合図をしたりはしなかつたが、自車から本件事故車まで歩いて行く間に、セメント投入口の蓋を開け終わつて背を伸ばした同人と視線が合つたことや、発進前にブレーキエアーを抜く音が車体上にいる者にも通常は聞こえることから、同人が同被告の意図を了解しているものと考え、転落等の危険についてはまつたく念頭になく、本件事故車を発進させ、時速五、六キロメートルで約一二メートル前進したところ、亡春道が地上へ転落したのをバツクミラーで目撃し、ただちに停止したこと、本件事故車が当初停止していた地点の路面は若干の凸凹のある敷石で、右の前進の途中からコンクリート舗装となるが、その境に幅約三〇センチメートル、深さ約三センチメートルの窪みがあつたこと、本件事故車の後部車体上面(セメントタンクの上面)は、中央部分がほぼ平らで左右がやや傾斜した平面をなし、中央やや前寄りに前記セメント投入口の四角形の枠が突き出ていて、右上面に乗つた者は、しやがむか中腰になつて右の枠につかまることはできるが、本来人を乗せたまま運行することを予定したものではなく、搭乗者は車体の動揺等に対してかなり不安定な状態におかれ、緊張を保つていないと転落する恐れがあること、以上の事実が認められる。

(二)  右に認定した事実によれば、亡春道は、体勢を十分に整えない間に自動車が発進したため、発進時およびそれに続く進行中の車体の動揺により身体の安定を失つて転落するに至つたものと認めるのが相当である。乙第五号証の記載もこの認定を左右するに足りない。なお、前掲甲第九号証の二、乙第四号証の一、二、成立に争いのない乙第二、三号証の各一、二によれば、亡春道は、平素から本態性高血圧症の持病があつたこと、事故当日は睡眠不足のため朝から疲労を訴えていたこと、また事故時まで昼食をとつていなかつたことが認められるが、これら病気、疲労、空腹等による目まい等の状態が、自動車進行中の数秒間に、その進行とは無関係に偶然生じ、転落の原因となつたという可能性は乏しく、たとえこれらの事情により身体のバランスを失いやすい状態にあつたとしても、転落の直接の原因は自動車の動揺にあつたものとみるほかはない。

(三)  右事実によれば、本件事故発生については、被告澤において、亡春道の転落の危険に思い及ばず、その安全を確認しないで漫然本件事故車を発進させた過失があるものというべきである。前記認定のように、同被告が本件事故車に乗り込む前に両者の視線が合つたことと、自動車の発進音とから、亡春道において同被告が自動車を発進させることを察知しえたとしても、安定した姿勢をとる前に自動車を発進させることは危険なのであるから、同被告としては、亡春道が十分安全な体勢をとつたのを確認してから発進させるべきであつたといわなければならず、親切から出たこととはいえ、過失の責を免れないものというほかはない。

(四)  したがつて、被告会社の自賠法三条但書に基づく免責の抗弁は理由がなく、被告会社は本件事故につき、運行供用者としての責任を免れない。

(五)  他方、前記認定の事実関係によれば、亡春道としても、被告澤が本件事故車を発進させようとしていることをその直前には察知していたのであるから、坐つてセメント投入口の枠にしつかりつかまる等自ら安全を確保する措置をとるべきであつたにかかわらず、これを怠り、不安定な姿勢のままでいたため、車体の動揺に抗しえず転落に至つたものと確認され、その過失は被告澤のそれとほぼ同等とみるべきであつて、損害賠償額の算定にあたつては、右過失を斟酌し五割を控除するのが相当である。

三  請求原因(三)の事実は当事者間に争いがない。

四  そこで、損害額について検討する。

(一)  逸失利益について

(1)  亡春道が死亡当時被告会社から年額九一万四四三八円の収入を得ていた事実は当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証によれば亡春道は当時四八歳であつたと認められるから、原告ら主張どおり以後一五年間は労働が可能で、同額の収入を得られたものとみるべきである。被告らは、被告会社における停年が満五五歳であるから、右収入額は以後の所得の算定の基礎とならない旨主張するが、右収入は停年時までの昇給を考慮に入れない額であり、賃金センサス等に明らかな一般労働者の賃金の上昇傾向に照らすならば、停年後も他で就労して右金額を下らない収入を得られるものと推定すべきである。

他方、同人の生活費は、右収入額や家族構成を考慮して、右収入額の約三三パーセントにあたる年額三〇万円とし、これを控除するのが相当である。

したがつて、逸失利益の現価は、右控除後の残額六一万四四三八円にホフマン係数一〇・九八一を乗じ六七四万七一四三円(円未満切捨)となり、前記過失相殺により請求しうる損害額はその五割の三三七万三五七一円であつて、相続分に従い、原告千代子はその三分の二の二二四万九〇四七円、原告栄子は三分の一の一一二万四五二三円の債権を取得したものである。

(2)  被告ら主張の遺族補償年金(労災)、厚生年金(遺族年金)、就学援護費のうち、すでに支給ずみの金額については当事者間に争いがなく、支給見込として主張されている金額についても、成立に争いのない乙第八ないし一一号証と弁論の全趣旨により、本件口頭弁論終結時までに受給権者たる原告千代子に現実に支給されたものと推認され、その合計額は二〇五万三八六二円となるところ、死亡した労働者の遺族に支給される年金等は、損害賠償を目的とするものではないが、労働者の得べかりし収入の喪失による損害の填補と実質的には同質のものであるから、損害賠償の請求にあたつて、すでに支給された年金等の額は、受給権者たる遺族の相続した逸失利益の損害の額から控除すべきものであり、したがつて、右給付額を原告千代子の相続した前記逸失利益の損害から控除すると、その残額は一九万五一八五円となる(なお、将来支給される見込の年金等を控除すべきか否かについては別個の考察を必要とするが、本件においては、後記のとおり、いずれにせよ原告千代子の損害賠償債権は残存しないものと認められるので、この点については判断しない)。

(二)(1)  亡春道の傷害についての慰藉料の額は、同人の前記過失を斟酌して、三〇万円をもつて相当とし、原告千代子が二〇万円、同栄子が一〇万円を相続したものと認める。

(2)  原告ら固有の慰藉料は、亡春道の過失を斟酌したうえで、原告千代子について一五〇万円、同栄子について一〇〇万円とするのが相当である。

(三)  原告本人千代子の尋問の結果によれば、同原告は、治療費、入院費、入院雑費、葬儀費として、その主張のとおりの金額合計五五万一六二八円を支出したことが認められ、過失相殺によりその五割の二七万五八一四円の賠償を請求することができる。

(四)  したがつて、原告らの損害賠償請求権の額は以上の合計により、原告千代子について二一七万〇九九九円、原告栄子について二二二万四五二三円であるところ、さらに原告らが自賠責保険に基づき五二五万四八二八円の給付を受けた事実は当事者間に争いがないから、これを相続分に分割し三五〇万三二一八円を原告千代子の、一七五万一六〇九円を同栄子の各損害に充当すると、原告千代子の損害は完済され、同栄子の損害の残額は四七万二九一四円となる。

五  そうすると、原告栄子の請求のうち四七万二九一四円とこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四五年七月二八日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるから、これを認容し、同原告のその余の請求および原告千代子の請求の全部は失当としてこれを棄却し、民訴法八九条、九二条、九三条、一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 野田宏)

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